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身体活動性の維持・改善がCOPDの予防・治療に寄与する可能性を示唆

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この研究発表は下記のメディアで紹介されました。<(夕)は夕刊 ※はWeb版>
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◆3/6 日本経済新聞、産経新聞、
     共同通信
◆3/7 The Japan Times
◆3/8 医療NEWS QlifePro
◆3/9 J-CASTヘルスケア

その他、地方紙等多数掲載

概要

 医学研究科 呼吸器内科学の杉山由香里(すぎやま ゆかり)大学院生、浅井一久(あさい かずひさ)講師、平田一人(ひらた かずと)教授らのグループは、身体活動性と関連のある筋肉由来タンパクであるマイオカイン1と慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease;COPD)の病理学的変化である気腫化2との関連性を明らかにしました。
 COPDは主にタバコ煙吸入により生じる慢性の肺疾患で、本邦での患者数は500万人以上と報告されています3。COPDは慢性に経過するため、本邦での死因としては第10位、全世界では癌、心疾患、脳血管障害に次ぐ第4位となっており、病態の解明、治療法の開発が望まれています。
 本研究グループは、本学医学部附属病院に通院中の40名のCOPD患者を対象とし、筋肉由来のマイオカインの一種であるアイリシン4のCOPD病態に与える影響を解明することを目的として、血中アイリシン濃度と肺機能検査5、胸部コンピュータ断層撮影法(CT)を測定しました。その結果、血中アイリシン濃度は身体活動性と相関を示し、胸部CT上の低吸収域(気腫化)は、血中アイリシン濃度と強く逆相関していることが明らかになりました。また、気腫化の原因の一つであるタバコ煙による肺胞上皮細胞のアポトーシス(細胞死)がアイリシンにより抑制されることを見出しました。の結果は、アイリシンの気腫化からの肺保護作用世界で初めて明らかにするとともに、COPDの治療薬である気管支拡張薬やリハビリテーションによる身体活動性の維持・改善がアイリシンを介してCOPDの予防・治療に寄与する可能性を示した重要な成果であると考えられます。
 本研究の成果は、平成29年3月6日(月)午前4時30分(日本時間)に国際学術誌International Journal of Chronic Obstructive Pulmonary Disease(電子版)に掲載されました。

※1 マイオカイン
骨格筋から分泌される生理活性タンパクの総称。身体運動(筋収縮)により分泌され、脂肪を燃焼させ肥満を解消し生活習慣病を防ぐ効果がありますが、脂肪燃焼とは直接関係のない機序で癌抑制、アルツハイマ型認知症の予防、免疫機能の亢進等が知られています。

※2 気腫化
肺の末梢に存在する肺胞の壁が破壊され、気道や末梢の含気区域が異常に拡大する病態。胸部コンピュータ断層撮影法(CT)では低吸収域として捉えられます。中年以降の男性に多く、喫煙との関係が深い。

※3:Fukuchi Y, Nishimura M, Ichinose M, et al. COPD in Japan: the Nippon COPD Epidemiology study. Respirology. 2004 ;9(4):458-65.

※4:アイリシン
マイオカインの一種。運動により誘導されたPGC-1α(Peroxisome proliferator-activated receptor gamma coactivator 1-alpha)が、アイリシンの前駆体であるFNDC5(Fibronectin type III domain-containing protein 5)を切断して分泌します。

※5:肺機能検査
気管支喘息、COPDなど呼吸器の病気が疑われる時や、その状態をみるときに行う検査です。スパイロメーターという機械を用いて、息を吸ったり吐いたりして息をする力、空気中の酸素を血液中に取り込む力などを調べます。

【発表雑誌】
International Journal of Chronic Obstructive Pulmonary Disease

【論文名】
Decreased levels of irisin, a skeletal muscle cell-derived myokine, are
related to emphysema associated with chronic obstructive pulmonary disease
「筋細胞由来マイオカイン、アイリシンの減少と慢性閉塞性肺疾患におけ
る気腫化との関連」

【著者】
Yukari Sugiyama, Kazuhisa Asai, Kazuhiro Yamada, Yuko Kureya,
Naoki Ijiri, Tetsuya Watanabe, Hiroshi Kanazawa, Kazuto Hirata

【掲載URL】
https://www.dovepress.com/articles.php?article_id=31650

研究の背景

 COPDは代表的な慢性呼吸器疾患の一つで、タバコ煙(間接喫煙を含む)、大気汚染や職業病などによる有毒なガスや微粒子の吸入により肺胞の破壊(気腫化)【図1】や気道炎症が起きることにより生じます。本邦の患者数は500万人以上いますが、COPDが進行した場合、咳嗽(がいそう)()喀痰(かくたん)()、進行性かつ不可逆性の息切れが生じ、息切れのために在宅酸素療法を必要とするなど健康寿命が損なわれます。さらに、全世界の死因として、COPDは癌、心疾患、脳血管障害に次ぐ第4位となっており、WHO(世界保健機関)は2030年までにCOPDは全世界の死因の第3位になると予想しています。
 現在のCOPD治療は、気腫化により低下した肺機能を気管支拡張剤により部分的に改善するに留まり、本質である気腫化の治療・予防を標的とした治療方法はありませんでした。また、リハビリテーションは息切れの軽減、身体活動性の改善効果を認めるものの、肺機能改善効果、気腫化の治療・予防には効果が期待出来ず、COPD病態の解明、新規治療法の開発が望まれていました。
 運動により脂質異常症、糖尿病等の代謝性疾患の病状改善が期待できることが一般にも広く知られており、近年、この機序に筋肉由来のマイオカインの一種であるアイリシンの細胞死抑制効果の関与が知られるようになってきました。本研究グループの先行研究※6において、COPD患者の血中アイリシン濃度が健常人にくらべて低下している、また運動により改善することを見出しており、COPD病態におけるアイリシンの関与の可能性が推定されていました。

※6 Ijiri N, Kanazawa H, Asai K, et al. Irisin, a newly discovered myokine, is a novel biomarker associated with physical activity in patients with chronic obstructive pulmonary disease. Respirology. 2015;20(4):612-7.

図1:胸部CT画像
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研究の内容

 今回の研究は、筋肉由来のマイオカイン、アイリシンとCOPDの関連を明らかにすることを目的として実施しました。COPD患者における血中アイリシン濃度とCOPD病態を検討する臨床的研究として、本院通院中の40名のCOPD患者(平均年齢73歳、男性32名、女性 8名)を対象とし、血中アイリシン濃度と肺機能検査、胸部CTにて気腫化の程度を測定しました。血中アイリシン濃度は身体活動性と相関を示し【図2】、胸部CT上の気腫化は血中アイリシン濃度と強く逆相関していることが明らかになりました【図3】。

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 気腫化の原因の一つとして、タバコ煙中のオキシダント(酸化物質)による肺胞上皮細胞のアポトーシスが知られています。アイリシンのタバコ煙によるアポトーシスへの影響を検討する細胞実験も実施したところ、アイリシン処理によりタバコ煙によるアポトーシスは強く抑制されることが分かりました【図4】。さらに、本機序を検討するためにアイリシン処理された肺胞上皮細胞における抗酸化能を評価するために抗酸化タンパク質であるNrf2 (Nuclear factor erythroid-derived 2-like 2)を定量したところ、アイリシンによりNrf2の発現が増強されていました【図5】。

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期待される効果

 本研究は、アイリシンのタバコ煙による肺胞上皮細胞アポトーシス抑制効果を世界で初めて明らかにするとともに、COPD病態の重要因子である気腫化とアイリシン濃度との関連を示すものです。この結果により、これまで運動による病状改善が知られていた代謝性疾患に加えて、呼吸器疾患であるCOPDにおいても運動・身体活動性維持の重要性が示唆されました。さらに、COPDの治療薬である気管支拡張薬やリハビリテーションによる身体活動性維持・改善に加えて、アイリシンを介入点とするCOPDの予防・治療法の可能性が示されました。
 実際の臨床応用までにはさらなる臨床研究・基礎研究が必要で、今回の成果はその第一歩となるものです。今後も研究を進めてまいります。

今後の展開について 

 現時点ではCOPDを発症した患者さんでの研究結果です。2017年度より本学医学部附属病院先端予防医療部附属クリニックMedCity21の協力の下、健常者での臨床研究を計画しています。また、その結果を踏まえて、できるだけ早期に既存のCOPD治療薬、リハビリテーション、さらにはアイリシンを用いた臨床試験を開始したいと考えています。

<本研究について>
本研究は、科学研究費「COPD治療における新規治療標的としてのPI3K-PTEN不均衡の検討」の資金援助を得て施行いたしました。

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