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脳腫瘍に対する新たな内視鏡手術法を報告

プレスリリースはこちら

この研究発表は下記のメディアで紹介されました。
◆週刊ポスト 7/19・26合併号
◆8/28 八重山毎日新聞
◆9/3 北国新聞
◆9/15 釧路新聞

本研究のポイント

◇ 従来の内視鏡手術より切除率が高い手法
◇ 本院における44症例で良好な成績を収めた

概要

 大阪市立大学大学院医学研究科 脳神経外科学の後藤剛夫(ごとう たけお)准教授、大畑裕紀(おおはた ひろき)大学院生らの研究グループは、頭蓋底脳腫瘍に対する新たな神経内視鏡手術法を報告しました。頭蓋底脳腫瘍を取り除くには、開頭手術あるいは経鼻神経内視鏡手術を行いますが、頭部にはさまざまな脳神経があるため、どちらの手術法も高難度とされています。また経鼻内視鏡手術を用いた場合、頭蓋内への入口が狭いため、適用は限定されていました。
 そこで後藤准教授らの研究グループは、後床突起(脳下垂体の後外側にある骨の突起)を簡便に切除して脳への入口を広げる新たな手法を開発し、2016年より本学医学部附属病院にて44症例に用いたところ、良好な成績を収めました。本手法は従来と比べ腫瘍の切除率が高い上、周囲の動静脈からの出血や神経麻痺などの合併症が起こりにくく、今後の標準的な術式の一つとなることが期待されます。本研究成果は脳神経外科最高峰の学術誌『Journal of Neurosurgery』に日本時間5月4日(土)にオンライン掲載されました。

■掲載誌情報
発表雑誌:Journal of Neurosurgery(IF=4.319)
論文名:Surgical implementation and efficacy of endoscopic endonasal extradural posterior clinoidectomy
著者:Hiroki Ohata, M.D1, Takeo Goto, M.D1, Alhusain Nagm, MD, MSc1,2,3, Narasinga Rao KVL, M.D4, Kosuke Nakajo, M.D1, Hiroki Morisako, M.D1, Hiroyuki Goto, M.D1, Takehiro Uda, M.D1, Shinichi Kawahara, M.D1, Kenji Ohata, M.D1
1) 大阪市立大学大学院医学研究科, 2) アル=アズハル大学医学部, 3) 信州大学医学部, 4) インド国立神経科学精神保健研究所
掲載URL:https://thejns.org/abstract/journals/j-neurosurg/aop/article-10.3171-2019.2.JNS183278.xml?rskey=A5WRjj&result=1

後藤 剛夫准教授
後藤 剛夫准教授

 👉研究者からのひとこと
 本院脳神経外科ではこれまで頭蓋底脳腫瘍を切除するためのさまざまな手術法を世界に先駆け発表し、良好な手術成績を残してきました。今回の経鼻内視鏡下頭蓋底脳腫瘍切除法も広い術野で安全に腫瘍が摘出できる極めて良い手術法であり、多くの頭蓋底脳腫瘍患者さんに良好な手術結果を届けることができると考えています。

研究の背景

 頭蓋底に発生する脳腫瘍である髄膜腫、頭蓋咽頭腫、脊索腫、軟骨肉腫などは、頭蓋底最深部、かつ中心部に発生した場合は、どのような頭蓋底手術を用いても切除に難渋することがありました。この問題を解決すべく、数年前から内視鏡下に鼻腔を経由して頭蓋底に到達し腫瘍を摘出する術式が行われ始めました。この術式は頭蓋底中心部に直接到達できる手術法ではありますが、手術操作を行える術野は非常に狭く、精密な手術操作を行うことが困難でした。そこで経鼻内視鏡手術法を用いて頭蓋底骨を手術用ドリルで広く削除することで手術野を大きく拡大し、複雑な頭蓋底脳腫瘍を安全に摘出可能な方法を開発しました。

研究内容

2016年以降、本学医学部附属病院において今回開発した手術法で腫瘍摘出を行った頭蓋底脳腫瘍44症例について具体的手術法を紹介し、手術成績を検討。(44症例の内訳:頭蓋咽頭腫19例、脊索腫7例、髄膜腫6例、巨大下垂体腺腫6例、軟骨肉腫4例、その他の腫瘍2例)

 頭蓋底中心部に存在する脳腫瘍の場合、開頭手術で腫瘍を切除しようとすると、多くの脳組織が術野を遮ることとなります(図1-A)。 一方、鼻腔に内視鏡を挿入し腫瘍に到達しようとすると、正常の脳組織を介在することなく直接病変に到達することができます(図1-B)。

A 開頭手術を行う場合 B 経鼻神経内視鏡手術を行う場合          
A 開頭手術を行う場合 B 経鼻神経内視鏡手術を行う場合          

 
 しかし、冠状断で病変を観察すると図2-Aのように通常頭蓋底にはトルコ鞍底、後床突起などの骨構造が存在します。この骨構造を手術ドリルで削除後、硬膜内病変に到達しますが、トルコ鞍底両側には後床突起と呼ばれる切除困難な骨突起が存在するため、骨削除可能範囲はトルコ鞍底周囲に限られ、手術機器を安全に挿入できる範囲は図2-Bの2本の白線の内側の範囲となります。つまりこの例では腫瘍外側に手術機器が届かないため、内視鏡では観察は可能ですが腫瘍の切除は不可能となります。
※冠状断…生物の体を前側と後側に分割した際の断面

後床突起を削除しなかった場合     
後床突起を削除しなかった場合     

 
 そこで後藤准教授らの研究グループはトルコ鞍底周囲骨のみならず、両側の後床突起を削除して術野を拡大する方法を開発しました。両側後床突起を含めた骨構造がなくなると、図3-Bのように手術機器が到達可能な範囲が飛躍的に拡大しました。44症例の検討では、術野が左右方向に通常法に比べ平均2.2倍拡大していました。本手法によりこれまで切除が困難であった頭蓋底中心部に位置する脳腫瘍を広い術野で安全に切除することが可能となりました。

後床突起を削除した場合
後床突起を削除した場合

 
 経鼻内視鏡手術において後床突起を削除すると手術野が拡大するという考えは数年前に米国ピッツバーグ大学の研究グループからも報告されていますが、手術法の概念の説明が主体であり、症例報告は数例のみでした。つまり実際の臨床結果、手術の安全性、術野の拡大程度などの詳細はこれまで明らかにされていませんでした。ピッツバーググループの手技の概略は次のとおりです。図4-Aのように下垂体と海綿静脈洞(下垂体の両外側に存在する静脈組織)はトルコ鞍底骨と海綿静脈洞下壁骨に覆われ後床突起はその後方に存在しています。彼らはトルコ鞍底骨を削除した後、海綿静脈洞内側壁に切開を加え(図4-B 白線部分)下垂体と海綿静脈洞内側壁を内側にけん引することで後床突起を露出し(図4-C)、後床突起だけを削除していました(図4-D)。この方法では海綿静脈洞に切開を加えた際に周囲の動静脈から多量の出血を来す可能性があり、術野の拡大も限定的でした。

図4 ピッツバーグ大学の研究グループが開発した手技
図4 ピッツバーグ大学の研究グループが開発した手技

 
 後藤准教授らが開発した今回の手法では図5-Bのようにトルコ鞍底骨だけでなく海綿静脈洞下壁骨を含めて広く骨構造を手術用ドリルで削除すると、トルコ鞍底および海綿静脈洞下壁硬膜を全体として上方にけん引できることに着目しました(図5-C)。これにより、海綿静脈洞に切開を加えることなく広く後床突起を露出した後、下方から上方を観察しながら広い術野で後床突起を安全に削除できるようになりました(図5-D)。静脈出血がないこと、広い術野で骨削除ができること、広い硬膜内術野が得られる利点があります。この方法を用いることで従来切除が非常に困難であった頭蓋底脳腫瘍44例を安全に切除することが可能となりました。

図5 後藤准教授らが開発した手技
図5 後藤准教授らが開発した手技

 

期待される効果

 本手術法の手技の詳細は、実際の手術例を用いた動画で解説しているため、今後頭蓋底脳腫瘍切除法の標準治療法となりえる有用な手術法といえます。今後、多くの頭蓋底脳腫瘍患者の治療成績を向上させるものと期待されます。